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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4001号 決定 1957年2月05日

申請人 津曲総一郎

被申請人 三洋石綿工業株式会社

主文

被申請人が昭和三十年十二月七日申請人に対しなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

主文第一項と同旨の裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、当事者間に争ない事実

被申請人会社は、肩書地に工場を有し、自動車、自転車、船舶及び鉱山諸機械用のブレーキライニング、クラツチフエーシング並びに防水保温帯等の製作並びに販売等を目的とする株式会社である。申請人は、昭和二十九年三月二十二日技術部員として被申請人会社に雇用され勤務していたところ、昭和三十年十一月二十八日クレーム対策のため、同年十二月二日から約一週間の予定をもつて関西方面に出張を命じられたにもかかわらず、神経痛と称してこれを拒否したため同月五日右出張命令拒否を理由に翌六日から一週間の出勤停止を受け、次で右出勤停止命令に違反して同月六日出勤し、被申請人会社の業務を妨害したという理由により翌七日懲戒解雇の意思表示を受けたものである。

二、申請人は、疾病のために右出張命令に応じ得なかつたのであつて、正当の理由を有するものであり、就業規則所定の出勤停止条項に該当しない。

従つて、右出勤停止は無効であるので、出勤停止の有効であることを前提として、これに違反することを理由にした右解雇の意思表示は無効であると主張する。よつて、先ず出勤停止の当否について判断する。

疏明によれば、昭和三十年九月頃から関西方面において、被申請人会社の製品ブレーキライニングに対するクレームが続出し、被申請人会社は、この対策に腐心していたのであるが、同方面における被申請人会社の製品の販売を担当する三好石綿株式会社大阪営業所長が同年十月二十九日付及び同年十一月二十六日付書面をもつて被申請人会社に対し、クレーム続出により販売面は苦境に陥つたことを述べ、これが対策として被申請人会社の担当技術者が直接納入先のクレームをきき、将来の技術改善に資する必要があるとして、技術職員の派遣方を要望して来たこと、クレームの対象が主としてプレス条件に起因するものであつたこと、申請人が当時品質管理部員として中間検査及び工程検査特に熱プレス工程検査を担当しており、右クレーム対策に応ずる職員としては、技術職員五名中最適任者であつたこと、そのため被申請人会社は、技術的事項の担当として申請人を総括的事項の担当として中山品質管理部長を派遣することを決定し、同年十一月二十八日夕刻申請人に対し、同年十二月二日から一週間の予定をもつて関西方面に出張し、右クレーム対策に当ることを命じたこと、申請人は、一応これを承諾したが、翌十一月二十九日電話にて神経痛を理由に欠勤を届出ると共に、出張は困難であるから余人に代えてもらいたい旨申し出て翌三十日出勤し、同月二十九日付中川医師作成の「左腓腸筋痛により向後一週間安静治療を要するものと認む。」という診断書を添え、前日の欠勤届を提出すると共に、右疾病のため出張には応じかねる旨申し出たこと、被申請人会社は、同日以後同年十二月五日まで再三に亘つて、申請人の翻意を促したが、申請人は遂にこれに応じなかつたこと、このため同月五日前認定のとおり、出勤停止を受けたことが認められる。

以上認定の事実によれば、被申請人会社としては業務上の必要に基いて出張を命じたのであるから申請人がこれに応ずべきは勿論であつて正当の理由のなく、これを拒否したのであれば重大な職務命令違反であるといわなければならない。ところで右診断書によれば病気のために出張を拒否したもので一応相当の理由があるように見えないではない。

しかしながら疏明によれば、申請人は、右出張命令を受けた後同年十一月三十日、十二月一日及び二日は定刻どおり出勤し、就業すると共に、同月三日は夕刻出勤し右各日とも勤務時間終了後も、十九時頃まで組合活動に従事していたこと、申請人の通勤には往復約三時間を要することが認められるのであり、これらの事実に神経痛と関連ある左腓腸筋痛は、他覚症状がなく、専ら受診者の訴える自覚症状のみにより診断しなければならないと推察される事情を併せ考えれば、申請人が当時左腓腸筋痛を患つていたとしても平常の勤務に甚しく支障を及ぼす程度の苦痛を自覚していたとは考えられないので、その症状は出張命令に応ずることができない程度に重症であつたものと認めることはできない。或は申請人としては出張は平常の業務に従事する以上に精神的肉体的の激務に服することになるので、そのような激務に堪えられない病状と考え又は病状悪化の危険を覚えたかもしれない。しかしながら疏明によれば申請人会社は、申請人が病気ならば、出張予定を延期し、または出張期間を短縮し、或いは旅行にも特別の便宜を図り激務に亘らないよう配慮する旨申し述べて翻意を促したのに拘らず申請人はこれに一顧の考慮をもなさず頑としてその申出を拒否したことが認められるから、申請人としては、右申出に応じて出張の予定期間及び従事すべき業務の内容等を協議して堪え得られる程度の出張計画の樹立に協力すべきであつて、そのような協議をなすまでもなくどのような条件を問わず出張ができない程度に病状重大であつたとはとても認めることができない。

してみれば申請人は病気に名を藉り不当に出張命令を拒否したものというべきであり、かかる業務命令違反は、すなわち職務秩序紊乱の行為に外ならない。

そして、疏明によれば、被申請人会社の就業規則第四十六条第五号は、「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を紊し、または紊そうとしたときは、懲戒解雇に処し、情状により減給、降格、昇給停止、出勤停止または譴責に止めることがある。」と規定していることが認められるから、申請人の右出張命令拒否は、右規定に該当し、かつその情状出勤停止に処するのが相当である。従つて、出勤停止は不当又は違法のものということはできないから、申請人の右主張は採用しない。

三、申請人は、かりに出勤停止が有効であるとしても、申請人にはこれに違反する行為がないから、これに違反したことを理由になされた右解雇の意思表示は、就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張する。

よつて、出勤停止命令違反の事実の有無について判断する。

申請人が昭和三十年十二月六日から一週間出勤停止を受けたこと前認定のおりであるが、疏明によれば申請人は、同日正午頃被申請人会社に赴き、昼の休憩時間中構内の広場またはボイラー室で組合員と出勤停止の件について協議し、午後一時から午後五時までの作業時間中は、守衛所または組合事務所において時を過し、午後五時から午後七時頃まで工場内で開かれた組合臨時大会に出席して、出勤停止の件について報告したことが認められる。しかし、申請人が作業時間中工場内で工員と雑談していた旨の疏明は措信せず、また同日出勤して被申請人会社の業務を妨害した旨の疏明はない。

ところで被申請人会社の就業規則第四十六条第五項に、職務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序を紊したときは、これを懲戒解雇に処する旨定められていることは前認定のとおりである。そして出勤停止は、職務上の命令に外ならないから出勤停止命令に違反し職務の秩序を紊しその情状重い場合は懲戒解雇に処されてもやむを得ない訳である。元来懲戒としてなさせる出勤停止は労働者の非難さるべき行動によつて、職場秩序が侵害されまたは侵害される具体的危険性がある場合に、労働者の就労を一時禁止することによつて、そのような行動が再び繰り返えされないよう反省を促すと共に他の従業員の戒となし、もつて職場秩序の回復または維持を目的とするものであり、その命令の作用は労働者が平素の作業場に現れ、従前の業務に従事することを禁止するものであつて、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。従つてその法律上の効果はそれが正当のものである限り使用者は、雇用契約一方の当事者として、債権者遅滞危険負担の責を負わないで労働者の就労を一時拒否し得るという点にあるわけであつて、これを超えて、出勤停止により、雇用契約上の権利義務と関係のない事項について、労働者の行動を制約すること、例えば、自宅における謹慎、組合活動の禁止または会社構内への無条件立入禁止等を命じ得るものでないと解するのが相当である。(尤も、所有権または占有権に基く妨害の予防または排除として会社構内への立入禁止を請求しうることがあろうが、これは懲戒としての出勤停止の効力とは、別個の問題である。)前認定の事実によれば、申請人は、出勤停止期間中、被申請人会社構内へ立入り、または組合活動をしたのであるが出勤停止が、これらの行為を禁止する効力を有しないこと前述のとおりであるから、これらの行為をもつて出勤停止命令に違反し、または反抗したということはできない。従つて、結局申請人に右懲戒解雇規定に該当する行為のあることについて疏明がないことに帰するが、使用者が就業規則に懲戒解雇条項を定める場合に、その規定に基いて、それに該当する行為ありとしてなされた解雇はその該当行為がないときは強行法規に違反し無効であると解すべきであるから本件解雇の意思表示は、無効であるといわなければならない。

四、被申請人は、本件解雇理由は、出張、出勤停止命令に対する違反であり、これが解雇の直接動機であるが、過去において申請人が犯した業務命令違反の事実は数多く、これらが解雇の誘因であると主張し、その具体的事実として、次の事実を述べる。(1)山本工場次長が昭和三十年四月一日申請人ら技術員全員に対し、生産管理面の盲点について意見書ないし報告書を提出するよう命じたのにかかわらず、申請人はこれを提出せず(2)申請人は、同日以降同年八月一日まで技術職員として課せられた研究業務に従事することを怠り、主として組合活動及び現場作業に従事し、(3)被申請人会社が同年十一月十七日昼休みに現場作業員に対する講習会を行うことを決定し、この旨社内掲示を行つたのにかかわらず、申請人が中心となつてその時間に突然組合大会を開催し、その講習を中止するを余儀なくせしめ、(4)申請人は、屡々職場を離脱し、同年七月二十一日から同年八月十九日までに職場離脱の回数は五回に及び(5)就業時間中を利用して作業所で組合活動について立話しをしていたというのである。

しかしながら、右の事実は、解雇以前においても問題とされたことはなく、また本件解雇の意思表示に理由として表示されていなかつたものであり、昭和三十一年三月二日に至つて主張された事実であることは疏明により認められるところであり、この事実によれば、右の事実は、解雇の理由としてではなく、申請人を解雇するに当つて情状として考慮されたに過ぎないものと推認せざるを得ない。従つて解雇理由である出勤停止命令違反がある場合に情状として考慮さるべきものであるが、前認定のとおり出勤停止命令違反の事実のない本件においては右の情状については判断する必要がないわけである。

五、解雇の意思表示が無効であるのにかかわらず、本案判決確定に至るまで、申請人が被申請人会社から従業員たる地位を否定されることは、著しい損害であると考える。被申請人は、申請人の妻は看護婦として相当の収入があるから、申請人は生活に困窮することなく、本件仮処分の必要性がないと主張するが、妻に若干の収入のある一事によつては、申請人の生活に支障がないものとはいえないから右主張は採用しない。

よつて、本件仮処分申請を正当として認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 好美清光)

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